『三峡好人』

 暗い。重たい。
 体も精神も身の置く場所も心のより所もすべて失い、心の流浪人になっている今の中国人の状態を良く描かれている映画です。場所は詩の情緒に漂うはずの李白・「早発白帝城」ゆかりの重慶市奉節県。しかし、美しいと思えるシーンがほとんどありません。けど、強烈と感じるほどのリアリティに富んでいます。時代を鮮明に記録した点で、偉大な映画だと思います。背景などはセットを使うことなく、現在進行形で次から次へと取り壊され、水没していく本当の風景であるところに自ずと重みが増してきました。
 「石炭の海」の山西から水の豊富な南方に下ってきた男や女という設定が面白い。長江のほとりで生まれ育った私にとって、この川はもっと母性的で、ロマンチックで、人情味のある母なる川のイメージが強いです。しかし、この川の匂いや人情に馴染みの薄い人たちにとっては、ここはアウトロー的で、野蛮で、無秩序なイメージの強いところのようです。
 人民元のお札の裏に印刷された景色を見比べながら、互いに「故郷自慢」をしているシーンに泣けてきます。幻想的な故郷は現実にはもう存在しないのに…
 ラストシーンでは、命の危険を覚悟しながらも、取り壊しの瓦礫の山を通り越して、大きな布団を背負い、ヒロインの三明について、山西省の炭鉱へ出かけていく出稼ぎ労働者たちの群れに、数十年前、革命を求めて出かけた農民たちのストーリーとオーバーラップしてしまいます。
 とにかく、今の中国を克明に記録した貴重な映画として評価したいです。
 http://ent.sina.com.cn/m/c/f/stilllife/index.html
 
 
 一方、興行収入では、「俗悪な美意識」と酷評されている『黄金甲』の猛烈な独占的放映体制に押されて、かわいそうなぐらいに映画館で見る人が少ないようです。ある週末、北京では『黄金甲』の興行収入が393万元に達したのに対し、『三峡好人』はわずか3700元という報道があり、あきれてしまいました。

  この映画に関する日本語での論評は以下からです↓
 http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/asia/ginmaku/news/20061124org00m030114000c.html