水滴の旅

トン、トン、トン


3日前の夜のことでした。
プールから15階の自宅に戻ってきたのは、10時過ぎでした。
5年住んでいても、隣左右も素顔が良く知らないままの高層住宅では、
呼ばない限り、めったにノックされません。
しかし、夜10時も過ぎたのに、
猛烈な勢いでドアが叩かれる音がしてきました。


「どなたですか。」
とりあえず、部屋の中から声を張り上げて聞いてみました。


「私です!!」


聞いたことのない中年女性の声でした。
しかし、なんと正しい中国語の応答だったと関心しました。
何せ、中国人に「誰ですか」と聞くと、
決まって帰ってくる回答は、「私です」ですから。


「私です。あなたのすぐ下の階に住んでいる者です。
 何度もあなたの家をのぞいてみたけど、誰もいなかったね。
 電気もずっと暗いままだったし… 
 さっき、水が流れていた音が聞こえたので、
 急いであがってきたの。。。」


おばちゃんのパワーには負けたと思いました。
下町の北京っ弁。笑顔があり、話し方も丁寧ですが、
どこか私のことを疑い深く思っている気配がありました。


「すみませんが、あなたの家のバスルームを見せてくださいね。」


鈍感な私は、それで初めて気づきました。
私の家のバスルームも、ぽたぽたと緩やかに水漏れしていたのです。
中国の住宅は内装工事はオーナー自分でやるケースが多いので、
ここの家もそうです。
そのため、家によって、工法もデザインもまったく異なります。
私の家には洗面器のところに台を取り付けてあり、タオルが敷いてあり、
小物も置いてあり、雫の「受け皿」があるため、床は濡れていません。
しかし、後で見せてもらったおばちゃんの家には
洗面所には台がなく、顔を洗うボールのみなので、
ぽたぽた落ちてくる雫はそのまま、床に落ち、
まもなくして床が濡れるほどになりました。


「どこの家の責任なのか突き止めて、
 弁償すべきものを弁償してもらわんといけない。」


おばちゃんが怒り出したには、理由もある。
天井裏にはバスルームの電気や暖房の電線がたまっている。
ずっと水浸しだと、確かに危険なことになる…


結果的に、一緒に上の階をのぞくに行くことになりました。
16階は河北省出身の若い夫婦でした。
同じく、言われてみてから、水漏れが浸透していることが分かりました。
しかも、壁のタイルが水に浸かったからと見られ、
水をたっぷり含めた色に見えたことも。


今度は三人になって、さらに上にある17階をノックしました。
うりざね顔の知的な女性がドアの向こうに立っていました。
言葉から、北西部の出身ではないと思います。
子どももいて、両親も一緒に暮らしている大所帯のようです。


「水漏れですか。私の家は数ヶ月前では、トイレに入る時、
 傘を指さなければならなかったほどでした。
 なぜかというと、18階の四川人の家が内装工事が
 しっかりしていなくてね…」

という調子でした。


同じビルに住んでいながも、一度も顔合わせをしたこともない
近所たちは、こうやって初めて互いの顔を知りました。
各自の家の中に入ったのももちろん、みな初めてですし、
水漏れがなければ、それぞれの家の内装と陳列の違いを
観察するのも面白かったですけど…
しかも、これだけ住民は多種多様で、出身地も性格も言葉も
違っていたのですね。


ただし、そうこうしている過程で、個人的にショックなことに気づきました。


私の内装工事はすべて業者にまかせっきりでやってもらったため、
どのような工法を使っていたか、私は把握していません。
そのつけが回ってくる。今回が私の家のせいでなくても、
いつかそのつけが必ず回ってくることが、見え見えです。


17階のうりざね顔の女性は内装工事で働いている人で、
その彼女の「権威的な」発表によれば、
住宅購入時に据え付けられていた熱湯用の管は、
廉価なプラスティックのもので、今は建材としては
すでに廃止されました。
寿命は5年ほどなので、そろそろ「賞味期限切れ」となる。
内装工事の際、そのパイプの問題点に認識して、
それを鉄のものに変えた家もあれば、
変えないで、パイプを壁の中に埋め込む工法をしていた
家も多かったです。
どうやら私の家もそうだったようです。


そうなると、万が一取り替えなければならない時には、
壁をぶち壊して、
パイプの場所を探す作業から始めなければいけません…
たいへん面倒なことになりそうです。


これに先立ち、家の台所では、今年に入ってから、
ある日、突然凄まじい音がしてきたので、
入ってみると、壁のタイルが4枚ほど一斉に剥がれて、落ちてしまいました。
チェックしてもらうと、
剥がれる寸前のタイルは合計15枚あることが分かり、
落ちってくるのが恐ろしいから、はがしてもらいました。


住宅を買えば、後は住むだけだという考えは
大間違いです。
人間が年をとると、体がぼろぼろになるのと
同じように、建物も同じです。
しかし、わずか5年で老化現象が現れ始めるとは、
少し意外です。


水漏れ事件が報告され、3日が経ち、
漏れてくる量が増え続けており、
水漏れが判明した階も少なくとも
17階から1階までのようです。
管理会社のほうで、どこまでチェックができているのかが、
明朝、もう一度電話しなくちゃなりません。


でんと、頑丈そうに構えている23階建ての住宅の中、
水滴が17階の間で、階を追いながら、
旅を楽しんでいるとは、誰が想像できることでしょう。