平谷の桃、今夏は豊作

今年も暦の上では秋。今日は立秋でした。
安徽省の実家ではこの日、スイカを食べるしきたりがあります。
立秋過ぎれば、スイカがおいしくなくなるため、お別れに食べるということです。


北京は朝から曇り空。気温は23〜31℃。
気温は過ごしやすいですが、空が見えなくて少し圧迫感があります。


さて、どうやら北京の桃は今年、豊作のようです。
1万5千ヘクタールの植え付け面積がある北京一の桃産地・平谷
桃農家に電話で様子を聞いてみました。
主の楊さんは早くからネットに「自家農園での桃狩り」を載せていました。
電話すると、温厚で、落ち着いた声の方でした。


「買取価格は去年よりも高くなった上、桃の品質も良い」ため、
今年の桃による収入は去年に比べて20%増収すると言っていました。


楊さんの家には10ム(1ムは6.667アール)の桃園があり、
このほか、野生の梨や棗がある丘も請け負っていると言います。
楊さんの話では、今年は蟠桃、油桃の価格がとりわけ高い。
「去年の買取価格は0.5キロあたり2元以下でしたが、
 今年は2.5〜3元です」。


メディアは、今年、平谷は桃販売において、合作社を通して、
市内のスーパーマーケットに直送するのが特徴で、
また、85%まで熟成してから始めて摘むという「樹熟桃」を特色にしている
と報道しています。しかし、どうやらそれは一部のところでのやり方のようです。


こちら楊さんの村落では、梨や棗の合作社があるものの、
桃の合作社がまだありません。
「桃の量が多すぎて、合作社を作っていても、
 そんなに利益にならないからではないか」と
楊さんは自分なりに原因を分析しています。


日本の農協は制度上、農民たちの自己管理する共済組織という性格ですが、
ここ数年、台頭した中国の合作社はどのような性質のものか、
まだ私は良く分かっていません。
ただ、合作社は総合農協ではなく、その多くは
単一農産物のために結束したものです。
「農家から農産物を買取って、市場で纏め売りしている。
 利益があれば、加入者への配当もする」と楊さんは言います。


楊さんの家の10ムーの桃園から年間、1万5000キロ(1ムーあたり1000キロ余りとれる)の桃が
取れますが、その中の1割が桃狩りに来る人たちに摘まれますが、
残りは業者により買取られます。


合作社のある村でも、買取価格は合作社と業者とでそれほど変わりがないらしい。
合計、1万5千ヘクタールの桃園でギネスブックにも掲載された
平谷ですが、関係者の話では、その大部分が零細農家の栽培によるもので、
一世帯あたりの平均植え付け面積が0.2〜0.3ヘクタールしかないようです。
合作社という新しい形態が現れましたが、
大部分が、依然として孤軍奮闘している零細農家のようです。


そんな中でも、桃豊作の今年は増収が見込まれているので、嬉しいことです。


ちなみに、「桃は7.5分熟成すれば摘むことができる。8部にもなれば、
熟成し過ぎる恐れがある」と楊さんは言います。
■桃で調べてみると、北京でたいへん良く親しまれている「大久保桃」。
ルーツは桃太郎のふるさと・日本の岡山県ですが、
さらに遡っていけば、
明治初期、天津や上海のミイミツトウが日本に伝わったことがきっかけだったそうです。
興味津々にその歴史を読ませてもらいました。


ちなみに、詳細はこちらから↓
http://www.jsafc.net/htm/yqxin/yqsl/s2.htm

日本桃发展历史日本桃栽培历史比中国短。冈山县是日本最早栽培桃的地方 , “桃太郎”的童话传说就源于冈山县。 1868 年冈山县的仓敷市开始有关于 桃 栽培的记录。 1878 年日本劝农局 ( 现农林水产省果树试验场 ) 从中国引进天津水蜜、上海水蜜和蟠桃 等桃品种至 东京 , 并将天津水蜜、上海水蜜传至冈山县。 1892 年以后 , “冈山水蜜”声名鹊起。之后 , 冈山县先后选育出冈山早生、大久保、清水白桃和高阳白桃等国内外知名 桃 品种。油桃也有分布 , 主要品种为秀峰以及大部分引进品种。主要产 桃区域 为冈山县、山梨县 ( 甲府等地 ) 、爱知县、长野县和福岛县等 , 全日本 桃 栽培面积约 1 1 万hm 2 。