何気ないオフィスの日常 巨石さよなら!

 ここ一ヶ月、スタジオの録音・伝送システムの切り替えで毎日どたばたしています。とりわけ、夕方が慌しい。日本向けラジオの初放送は18時開始なので、その約30分前に当日のニュースを収録して(パソコンで)伝送することになっているからです。
 古いシステムはオープンなもので、全員共通のインターフェースで録音し、伝送します。伝送が終わった後、担当の技術部の当番電話に電話して確認し、作業が正式に終わることになります。
 ところで、この8月から切り替わった新システムは実名制が大きな特徴なのです。全員が自分の指紋か暗証番号でしか登録できないインターフェースで作業し、伝送もどの人が伝送したか名前が表示されるので、一目瞭然です。伝送後の担当者への確認も廃止され、代わって、伝送者の携帯電話にショートメッセージが送られるシステムに代わりました。つまり、電話当直の部署が撤去され、人間から人間への確認が変わって、人間と機械との対話になりました。日本で一時はやっていた言葉を借りれば、自己責任を強化したシステムになりました。

 システムの切り替えで、録音や伝送の手順もすべて変わりました。新システムは不安定がつき物のため、現在、放送開始30分前にすべての番組の伝送を終えることが局の要求になっています。日本語放送は18時から始まるので、つまり、17時半までに伝送を終えること。できなかった場合、翌日の全局会議で名指しされて注意を受けることになります。

 混乱に付込んだように、録音卓自身の不調も相次いでいます。今日は、録音時、ヘッドフォンから音声が聞こえない故障が起きました。ヘッドフォンでのモニターリングは録音時に必要不可欠な一環で、ボリュームや音質のチェックはもちろん、読み間違えた時、撒き戻して読み直す時も使わなければいけません。ヘッドフォンが使えないと、読み間違えた場所を探す時は、一々マイクの電源を落としてでないと、スピーカーの音が聞こえません。
 説明が長くなりました。本日は折りしも私がニュースのアナウンス担当として、どたばたを体験しました。

 正常な場合、というか、理想的な場合はタイムテーブルは以下のものです。
 16:00〜16:30 5分間のリポート録音、制作終了
        (ニュースアナと別に専門の担当者がいる)
 16:30〜17:00 ニュース収録、制作終了
 17:30までに  伝送終了

 
 本日の実際のスケジュールは以下です。
 16:00頃 リポートアナが読み合わせ開始
 16:30  ニュースアナと録音・伝送担当がスタジオに入ったが、リポートア
      ナがサインコールのアナウンスを読み終えたばかり
 16:35  予備用スタジオに移り、明日の番組を収録しようとした同僚に説明
      して席を譲ってもらい、収録を始めようと思ったら、卓に録音が入
      らないことに気づく。
      結果的に、「昨日から壊れている」ことが分かり、技術担当にすぐ
      に修理に来てもらったが、すぐに直る見込みはない。
      当直の上司がスタジオに陣頭指揮に入る。
 16:40  諦めて一つ上の階にあるもう一つの予備用スタジオに入る。が、
      ヘッドフォンが機能できないことに気づく。
 16:50  諦めて、「リポートの収録は終わっただろう」と再び13Fの本スタジ
      オに戻る。収録は終わったが、編集がまだ終わらないというリポー
      トアナにオフィスのパソコンで編集し、席を開けるよう頼む。
 16:55  ニュース収録開始。
      が、マイクのボリュームがおかしいことに気づき、それに、ここで
      もヘッドフォンが使えないことに気づく。
      ヘッドフォンは諦めて、マイクを調整しなおして録音をしなおす。
 17:10  ニュース収録、編集を完了。史上初、読み返すことなく読み通
      すことができた。何よりもヘッドフォンにお世話にならずに済んだ
      ので、時間の節約ができてラッキー
 17:10  新システムでの伝送に一番慣れたWさんに支援に来てもらい、まずは
      18時にオンエアのニュースを伝送
 17:15  リポートアナが再びスタジオに入る。編集用のパソコンでダウン
      ロードできるはずの素材はダウンロードできなかったため、編集は
      できなかったことが分かった
17:20  伝送及び確認応援チームが4〜5人に拡大。ニュース伝送が終わっ
      た後、スタジオで編集するグループとオフィスのパソコンで伝送
      シートをチェックするグループに分かれて作業。
 17:30過ぎ  リポートの伝送が終わる


 簡単に言うと、皆で力を合わせて局の所定時刻には間に合えなかったが、放送時間前に無事伝送できました。
 しかし、美談というイメージとは程遠く、実際にそれを体験した人として、正直、愉快な体験ではありませんでした。
 ハード面では、
 ◆スタジオを変える度、指紋や暗証番号を変えて再登録しなければならない
 ◆スタジオにより、電話機があるものの、線路がつながらないところもあります。携帯電話を持たずにスタジオに入ったため、外部と連絡を取るのに奔走していました。
 電話はずいぶん前に修理を頼んでいるものの、電話科は「スタジオのリフォームで線路のつなげ方が狂ったので、直せるのは技術部の人でしかできない」と言うし、かと言って、技術部は「電話はなんたって電話科の担当だろう。技術は録音卓やシステムの担当なのさ」と譲歩しません。
 ソフト面では、
 ◆人間は感情のある生き物。24時間、変わらない気分でいられることが到底望めません。「このままだと危ない」と思った時、人間は焦りだします。焦りから周りにあたる時もあります。もちろん、これには個人差があることが否めません。謙虚になって「教えてください、次回気をつけるから」という人もいれば、「私は何も間違っていないのに、こんなことになったので、すべて人/機械のせいだ」と譲らない人もいます。
 指導者はそういう時に、責めるのではなく、まずは仕事をすばやく完成するにはどうすればよいのか、雰囲気を和ませて皆の心を一つにして引っ張っていけたら最高ですが、「新システムの操作について、繰り返し研修は行ってきたのに、今になってもまだ使い方が分からないとは何事だ」と不満をむき出しにすると、年上の部下は「あんた、私はこの馬鹿システムにどれだけ苛められていて、散々苦労していることを全然知らなかったのね。フン!」と弱みが見抜かれただけ、反発も強く出ました。
 伝送担当の不機嫌度もぐんぐん上昇し続けていました。「こんな時間になっても録音すら始まってもいない。それなのに、どうして5時半までに伝送を終えることができる」。
 物事がスムーズに行く時はとんとん拍子ですべてうまくいきそうですが、こういう時はマイナス連鎖が起こりかねません。問題が起きるかもしれない寸前でも、よくもまあ、不機嫌になったり、喧嘩したりする余裕があるものだと感心してしまいます。
 幸い、理性が最終的に感情の葛藤を勝ち、まずは課題解決を優先すべきと皆で我に戻ることができました。
 しかし、予備用スタジオに集まった技術担当たちはその後もずっと修理を続けていました。はたしてどのような様子だったのでしょうか。
 伝送が終わり、チェックも終わったので、その修理の結果はどうなったのか、確認ができていないまま、本日の昼間の勤務は一応無事終了しました。
 きっと、昨日もこういう感じで、「無事終了して良かった」に違いありません。今日も、昨日の引継ぎが全然行われていないから、慌ててしまいました。
 この様子だと、明日はどうなるのか。週一回回ってくるかこないかのアナ、伝送シフトなので、自分の仕事が終われば仕事は終わると思っている人が多いかもしれません。ということで、慌しさが絶えないのが実情かもしれません。
 こういうしょうもない日常もあれば、「あっぱれ」と思った日常もありました。

          ◆◆
 局の庭に一ヶ月ほど前に突如、巨石が二枚聳え立つようになりました。横向きのものと築山のようにたったものとそれぞれありました。
 そうですね。どのぐらい巨大かと言うと、故宮紫禁城の龍の大石彫を立てても及ばないほどの一枚岩でした。
 「何それ?」とほとんどの人が異様に感じましたが、別にどうということもありませんでした。
 しかし、見かねた世話焼き好きな同僚・紅さんは監査室に入りました。
 「どのような理由で巨石を置くようになったか、理由を聞かせてください。合わせて、購入や運搬にどのぐらいの費用がかかったか、説明をしてほしい」と申し入れをしました。
 噴き出したことに、昨日午後申し入れをしたところ、本日朝になって突然、巨石が見えなく、幻の石になりました。当日の深夜にすぐに撤去されたようです。
 ただ、このすばやさに驚き、また大喜びした紅さんの心配もあります。
 「もとより巨額な資金はかかっただろうに、移転するのにまた出費を重ねたに違いない」
 ことの始終を知りたくなった彼女は、24時間当直の守衛さんに「いつ撤去したか」と尋ねたところ、「朝の2時から4時、クレーンで持ち上げてトレーラーに積んで運ばれていきました。作業者の話では、この石が小さすぎたので、もっと大きい石に変えてほしいと注文が入ったから運びに来たようです」って。
 ちなみに、紅さんは入局20年ほどですが、一介の平社員です。