どう見る?「知日」の動きを

関係者の皆さんに聞いてきました↓
http://japanese.cri.cn/1041/2011/01/06/145s169186.htm
http://japanese.cri.cn/1041/2011/01/06/145s169189.htm
http://japanese.cri.cn/1041/2011/01/06/145s169190.htm
http://japanese.cri.cn/1041/2011/01/06/145s169191.htm

 若者層を中心に、文化や人で繋る中国と日本の相互理解に新しい息吹が吹き込まれた年明けになったのか。新年早々、北京で「日本」にまつわるイベントが行なわれました。それは、「日本」を専門に取り上げる中国本土初の試みと言われる、ムック誌『知日』(発行元:「文治Lab」(磨鉄図書傘下))の創刊発表会です。
 昨年1月〜10月まで、日本を訪れた中国人観光客は128万人を超えた(日本政府観光局)のに対して、冷たい風が吹いた中日の政治関係を背後にしながら、去年9月から11月までの三ヶ月、中国国内の主要都市では日本関連のイベントが70以上も開かれ、1日半ごとにどこかで日本文化に関する催しが開催されていました(中国のソーシャルネットワーク「豆瓣網」)。
 紅白の二色でデザインされた『知日』誌のモットーは、「it is JAPAN」。これまでの日本関連雑誌は、ファッションやアニメなど流行文化の特定分野を取り上げていたのに対し、「トータルに、多様な角度から日本文化全般を掘り下げて紹介し、普遍的価値観を求めたい」と編集長の蘇静さんが誇らしげに語りました。創刊号は、ポップアート作家の奈良美智とマシン・ライフを中心に構成し、狙いは「好奇心と思考力を持つ中国の若者」に、「クリエイティブで、高価値の日本文化情報を紹介」し、「中国人のために日本を理解するプラットフォーム」の構築を目指していると意気込みを見せていました。
 “80后”世代をコアメンバーに、彼らの自主的な発案と運営により作られたMook誌『知日』の誕生は、今の中国社会と中国人を見る上で、どのような意味があるのか。中国人は、自らの「知日」の動きをどう見つめているのか。創刊発表会で聞いてみました。

■その一)【蘇静編集長】結論より、まずは見せることから
 「今の『知日』は、それほど目立たない平凡なスタートに過ぎないが、我々は弛まぬ努力でより多くの人に『知日』を好きになってもらいたい」
 ムック誌『知日』の創刊の挨拶に書かれた編集長蘇静さんの言葉です。
 蘇さんは1981年生まれの“80后”世代。故郷は抗日戦争中の激戦地、湖南省常徳。大学での専攻はコンピュータ・プログラミングでした。大学に入るまで、取り立てて日本や日本文化に関心を抱いていたわけでもありませんが、ある日、偶然手にした村上春樹の小説でぐいぐいと「日本」の世界に引きずり込まれていき、気づいたら“日本”と切り離せない人生を歩んでいたと言います。
 その運命の出会いとは、林少華氏翻訳の村上春樹著『ねじまき鳥クロニクル』でした。「冒頭にあった訳者の言葉は同世代の友人が話しかけてくれた感じで書かれていて、とても読みやすかったです。本文も読めば読むほどはまり込み、そこにありとあらゆるものが含まれていると気づき、この世界を見る新しい窓口が開けたと思いました。たいへん分厚い本でしたが、無我夢中になってすぐ読み終えました」
 その後、村上氏のほぼ全ての著書を読破しました。村上春樹に導かれて、「日本」のことを知るようになったのにつれ、「戦国史、日本人の友人、職人文化、漫画及び日系ブランド、さらに言うと、原 研哉、岩井俊二新海誠安藤忠雄坂本竜馬などの日本の人物も私の目に飛び込んできました。こうした自発的なプロセスは2〜3年前まで続いており、このプロセスはまた、私の周りにいる数多くの人の歩んできた道でもあります」、と振り返っていました。
 「とにかく、私にとっては“日本”が面白い。“日本”を通して実に見事な“世界”が見えました。雑誌作りにおいて結論を押し付けるよりも、ひたすらに展示していきたいです。日本人の生活、そして日本文化のディテールに注目して伝えていきたい。展示したり、見せることによって、読者が自ら結論を導くことができればと思っています」
 スタートしたばかりの『知日』の道、順風満帆とは思えませんが、「継続的に、系統的に日本を紹介し、百パーセントの日本を知ることができるよう頑張ります」とメガネの後ろで自信満々の眼差しが光っていました。

■その二)【作家&大学教授・毛丹青さん】
相手を知ることは自らを知ること
――『知日』の創刊をどのように見ていますか。

 画期的なことです。中国人が作った日本を知るための雑誌として、これはおそらく史上初の試みではないかと思います。日本のことを取り上げた雑誌はこれまでにも多数ありますが、それらに比べて、『知日』は百パーセント「日本」を専門にしているところが特徴で、私から見れば、快挙だと思います。
 この雑誌の誕生は、日本と中国の親密さを物語ると同時に、両国の文化交流を深める上においても大きな意義があると思います。
また、編集部のコアメンバーはいわゆる「80后」世代が中心となっていますが、彼らが、ぼくのような20数年間、海外で生活している中国人とコラボレーションしながら力をあわせて、同じ目標に向けて雑誌作りをするというところに大きな意義があると思います。

――毛さんから見れば、今の中国人の日本理解において一番欠けているものは何だと思いますか。
 一言で言えば、日常生活かなと思います。日本人の暮らしぶり、日々の考え、そして人々の魂に触れるものが日常生活の中に溢れているので、それを見つけ出して共有し、理解することが、日本文化に対する理解を深める上にたいへん重要なことだと思います。

――中国の“80后”世代が日本を見る目線にどのような特徴を感じましたか。
 大きな話から段々と小さな話に移しつつあることですね。これまで、中国人は“日本”と言いますと、富士山やサクラなど定番にはまったところがありますが、今の若者たちはそれよりもずっと細かいところまで考えるようになっていることが大きな変化です。
 この点、私が接した日本人学生の中国へのアプローチの変化と似ていると感じました。ぼくの学生には、三輪車が好きだという単純な理由で、北京で8年間も住んでいる人がいます。彼のやっていることに象徴されるように、何かにハマっているマニア、もしくは「オタク」っぽい人が中日双方で増えているように思っています。
――今の中国にとって、日本を知ることの意義は?
 相手のことを知ることは結局、自分自身への理解を深めることです。相手の考えを汲み取って理解し、なおかつ、自分自身のことと合わせて考えることは、中国人の物の考え方を豊かにすることができると思います。
――『知日』に対する今後の期待は?
日本の日常を取り上げつつも、日本文化が生み出された背景を抉り出していき、日本人読者に読んでもらってもハッと思わせるような雑誌作りをしてほしい。中国人による『知日』のパワーを一層確実なものにしてもらいたいなと思っています。

■その三)【『人民中国』誌総編集長 王衆一さん】
中日の関係発展に生かせ 「知日」からの智を

――『知日』の創刊をどう見ていますか。
 文字よりも写真やグラフィックを多く用い、理論よりも情報の提供を好んでいることがムック誌の特徴かと思いますが、中国の“80后”、“90后”世代はビジュアル文化とインターネットの影響を受け、ムック誌という出版形態をすんなりと受け入れて、自主的にMook誌『知日』を創刊しました。この動きは少なくとも以下の二点を物語っていると私は注目しています。
先ず、新しいメディア形態が中日間の文化のギャップを曖昧にし、若者の流行文化が東アジアで新しい文化の形態を作り出そうとしていること。この動きは東アジア文化の復興にきっと積極的な役割が果たせるだろうと見ています。
 次に、このプロセスにおける中国の若者が表した強い主体性です。この雑誌の企画と制作はすべて、自信に溢れた若者たちの独自の運営により手がけられたと聞いています。中国の発展とプレゼンスの向上を背景に、新しい世代の若者は自信を持って物事に取り組むようになっています。
 さらに、誌名にも注目したいです。『知日』には勇気と好奇心が不可欠です。一時、中国人は『菊と刀』や『武士道』など限られた書籍を通してしか日本を知ることができなかったのですが、2005年、中日関係が低迷期から歩みだした後、日本に関する新しい翻訳本が数多く出版されたことは記憶に新しい面白い文化現象です。中日関係は昨年も波風がありましたが、そうしたことが背景にありながら、この雑誌が創刊されたことは、ほんとに人心を鼓舞させる動きです。双方には、自ら進んで相手のことを知りたいという意欲が止まることなく伸び続けていたことを物語っています。

――『知日』に寄せる期待は?「知日」の漢字を縦に書き綴りますと、「智」になります。両国の国民同士の相互理解にはまだ大きな空間があり、両国の間の行き詰まりを打破するにはまさに「知日/智」が必要なわけです。『知日』にこそこうした意味が込められてもよいものだと思っていますし、また、このような役割をぜひ果たしてほしいなと期待しています。そのため、今後は「知性」の交流と人々の内面(心の世界)への関心を怠らずに雑誌作りに励んでもらえたらと思っています。

■その四)【“日本論”人気ブロガ−薩蘇さん】
「知日」は中国自身のため

――『知日』の創刊をどのように評価しますか。
 この雑誌は、日本最先端の文化を紹介していますが、私から見れば、これは「中国の明日とは何か」を取り上げている雑誌でもあると思います。今、アジアで近代文化の最先端を歩んでいるのは日本で、昨日の日本は明日の中国でもあるからです。

――今の中国にとっての「知日」の意義をどう見ていますか。
 中国は何故、日本を知ることが必要かについて、これまでややもすれば、「日本のことを知っておけば、中日は将来仲良くなれる」と考えられがちでしたが、知るようになって、却って嫌いになるケースもあります。
 私からみれば、日本を見れば、今の中国、昨日の中国、そして明日の中国の全てを知ることができるということが本当の理由だと思います。つまり、中国人は自分自身のために日本のことを知っておくことが必要だと思います。
 この広大な中国を生きている一人一人はあたかも一匹の蟻のようです。それぞれがマンションの料金が高いとか、悩みはあるようですが、究極のところ、私たちは蟻の世界のことしか知らず、全体の様子は一体どうなっているのか、良くは知らないところがあります。
 世界の中国への見方を例にとっても、実に千差万別です。日本やアメリカ以上に素晴らしい国だという声もあれば、世界で一番悪い国だという声もあります。そのような声の中で、本当は、中国とはどんな国なのかがなかなか把握できません。
 一方、日本を見れば今の中国が実によく分かります。1960年代や70年代の高度成長期の日本で起きていたことは今、まさに中国でも起きています。乳児用の毒入り粉ミルクの事件を取ってみても、日本でもかつて乳幼児が130人以上死亡した粉ミルク事件が起きていました(森永砒素ミルク中毒事件)。もちろん、日本のことを知る目的は、日本と中国とどちらがより悪いかを知るためではなく、同じような問題が他の国でも起きていたということをまずは知っておくことです。急成長する中国は、今はまさに、社会問題が爆発する時期に入りました。日本はある意味、「豆中国」のようで、中国の「試験場」的なところがあるように思います。
――日本は中国にとって鏡のような存在ということですか。
 「今」の中国だけでなく、「昨日」の中国も日本で見えます。たとえば、中国の伝統文化の中で、自国ではすでに無くなったものですが、日本ではまだ一部保存されているものがあります。中国では、「伝統文化は近代化の敵だ」と言う見方もあり、伝統をなくすことでこそ近代の発展が成し遂げられると思われている考えがあります。そういう考え方を持っている人にも、ぜひ日本のことを見てもらえたらと思っています。
――最後に『知日』の作り手たちに一番言いたいことは?
 さきほどの発刊会で、様々な日本のことが紹介されていましたが、それはあくまで日本の一部分だという認識を忘れずに、本当の日本を知るには、日本の社会に触れてみなければいけないこと、そして、「昨日」、「今」、「明日」の中国はいずれも日本で見られることを忘れずに、雑誌作りに頑張ってほしいなと思っています。(CRIOnlineより)