「北京で根を下ろしたい」、胡同めぐりの三輪車乗りの夢

什刹海体育学校へ知人を訪ねに行ったついでに、
近くの観光スポットを久しぶりに回ってみました。
北京は暖冬とは言え、夜の最低気温は氷点下が続いているため、
什刹海の湖面は今年も天然スケート場が出来上がりました。


いつもながら、三輪車乗りの多さと熱心さに圧倒されました。
「時間があまりないので、今回は見送りますね」とやんわり断ろうとしました。
しかし、今度は粘り強い相手に出会いました。
「お嬢さん、今の時間帯こそゆっくり胡同が観光できますよ。
ツアー客が終わり、三輪車も減ったし、落ち着いて見学できます。
定価の180元を割引して80元でサービスいたします。ぜひお乗りください」。
見た目、誠実そうな人で、しかも一生懸命で、真剣に進めていました。
結果的に、50元で話がまとまり、1時間ほどのコースに参加しました。


運転手さんの苗字は銭さん。1964年、河北省邯鄲市農家の生まれ。
1988年から北京へ出稼ぎに出て、飲食店、工事現場、小売などいくつもの職種を経て、
5年前から後海で三輪車乗りになった。
「ここが香港の富豪が98年に開発した不動産で、
 金持ちたちがたくさん住んでいます。」
「こちらは北京の汚職官僚の息子が手がけた物件ですが、父親の失脚に伴い、
金持ち女優に買収されました。しかし、まもなくして、女優は脱税で投獄され、
今はただの空き家になっています。
『龍脈なので、みだりに利用してはならない』とも言われていますし。」
「ここは、有名な花魁と武将の逢引をする屋敷で、芝居用の舞台もあります。
 新中国が成立してから、ここは音楽大学の教師の宿舎に指定されました…」
「この柵の中のお屋敷に、元国家指導者の娘が住んでいます」
「軍のおえらいさんの住まいですよ」…


邯鄲訛りで、一つ一つ真剣に丁寧に案内してくれました。
本を読んで知った知識もあれば、北京生まれの三輪車乗りに学んだことや、
地元住民との四方山話で仕入れた情報もあるという。


5年ほど前に、銭さんは三輪車乗りになったばかりの頃は、
まだ北京生まれの三輪車乗りもいたが、今やすっかり姿が消え、
取って代わったのは河北、河南、甘粛など全国各地からの出稼ぎ労働者だった。

 
仕事環境にそれほど満足しているわけではない。
総長約7キロほど、周囲2キロほどのエリアに、
今や30社近く集まり、1000台以上の三輪車が密集している。
会社には冬500元、夏1000元の管理費を上納している。
また、会社からノルマとして、毎日二回ほどツアー客の案内も任されている。
ただ、その場合の手取り収入が低く、一回につきわずか5〜10元。
ツアー客の案内はだいたい4時頃に終わり、
その後、初めて自分の稼ぎのために客を乗せることになる。
どの人も真剣に、必死になって客を勧誘しているわけは、こんなところにある。

(「ズボンは息子の北京の学校の制服です。捨てるのはもったいないので」)

バーで皿洗いをする妻と、近くの胡同で借家生活をしている。
広さは5平米の部屋で、家賃は月300元。
二段ベッドを置くだけで部屋がいっぱいになる。
平均月収は約1000元。妻のバイト代は月、約600元。
近い将来に、「所得倍増計画」を夢見ている。
会社との契約をやめ、無免許で客を乗せる「白タク」三輪車になるという。
「運悪く取り締まられたら、罰金はされるし、三輪車も没収されるが、
それでも、平均すれば収入は今の倍になる」と決心はついたようだ。


子どもは二人いて、14歳と16歳の中学生と高校生だ。
去年の夏まで、子どもたちは北京の学校に通っていたが、
今学期から実家の学校に編入しなおしたという。
中国では、大学受験は戸籍所在地でしか受けられないため、
早めに戻って地元の勉強の雰囲気に慣らしておかないと、受験で不利になるからだ。


「これからもずっと北京で暮らして生きたい。
自分たちの代では北京の一市民として生活できなさそうですが、
子どもたちにこそ頑張ってほしい。
北京の大学に受かってもらい、北京で根を下ろしてもらいたい」。
胸中の一番の夢のようだ。



故郷での生活は多く語らず、若くして両親を失い、
「不運の人」だと自らのことを言う。
マイナス5度の寒天の中、三輪車をひたすらこぎ続けていた。
終点に着くと、夜の帳も下り、ネオンがちかちかするようになった。
汗で顔が赤くなり、ダウンのボタンも外した。
時刻は夕方6時半、三輪車乗りの姿もめっきり減った頃になった。


歴史の移り変わりで、残念ながら、後海あたりの胡同の中は、
今、生活者の匂いが薄れています。
湖面に面している店は栄えているようにみえますが、
少し奥に入ると、夜になっても真っ暗なままの飲食店や
明かりもつかないお屋敷がありました。
北京らしいところは、北京らしい謎っぽいところでもあるようです。

●コースは荷花市場→銀锭橋→鸦儿胡同→烟袋斜街→后海北沿→广化寺
→醇亲王府→后海南沿→前海北沿