甘いワナ

「やあ、今年も棗のおいしい季節になりました!!」
と、本当は、大きな声で言いたかったのですが…
通勤の道中、三輪車の荷台に大きな、きれいな、生命力が漲った
ハンサムな棗を載せて売りに来た行商たちがいました。


その時は買いませんでしたが、「買いたいな!」と思って職場に行くと、
「昨日買ったなつめです。どうぞ」と背中合わせの同僚にすすめられ、
ラッキーと思って、遠慮なく4つをいただきました。
見た目通りの甘くておいしい味でした。


ところで、その甘くて
おいしい感動を胸に暖めたまま、夜、仕事が終わって帰る道中、
いつも寄る果物の屋台に行ってみました。


30代半ばの山東省の夫婦の屋台で、夜の11時まで営業しているので、
いつもお世話になっています。
二人とも朗らかで、誠実そうな人柄。
「おいしいメロンを選んでちょうだい」と頼んで選んでもらった品に、
一度もはずれがなかったので、信頼はしています。


見ると、スイカにメロン、熟れすぎた桃・スモモに熟成の足りないキウイ…
いつもと変わり映えがしない品々でした。
「棗を買いたかったのにな。まだ仕入れないですね」ととりあえず聞いてみました。
「まだ早いもの。もう2週間経てば食べごろですかね…」
「そんなことないでしょ。もう今日食べたわよ。甘くておいしかったわ」
「それは…」


というところに、さっきから屋台のところで世間話をしていた
北京訛りの女性が驚異の話をしだしました。
それは、甘い水の中に一晩漬けておいたからよ。」
「うっそでしょー。そんなこと、どうしてする必要があるのかな。
 それに砂糖を買うにもコストかかるし…」
「食用の砂糖を使うもんかね。甘味料よ。
 棗を一晩中、蓋のある器の中に漬けておけば、
 よく染込んだ面が赤く熟れた色になる。
 だから、半分が赤くてきれいそうで、半分が青いままの棗ばかりだろう。
 けど、食べるとカスカスで、舌触りが全然違うよ」


言われてみれば、確かにそうでした。
そして、すぐに思い当たった節は、4つ食べた中で、
3つはしゃきしゃきとしていて、特に異様に感じなかった味でしたが、
残りの1つは明らかにフニャフニャしていて、水が含まれていたようでした。
もう食べられないのかなと思って、かじってみたら案外甘かったので、
そのまま食べました。


屋台の夫婦は話を続けました。
「そんなこと、知り合いにしか言わないわ。
 知らない人には、『まだ棗のシーズンまで早いから』としか話さないの。
 棗ならもう2週間待ったほうがいいよ」。


以前聞いた野菜売りの話を思い出しました。
「菜っ葉に虫の穴がないと安心して買ってくれない」ので、
売る前に青虫をぱらぱらとかけて虫食ませておく。


それに負けないぐらいの創意工夫でした。
偶然に屋台の夫婦たちに聞かなかったら、
甘いワナがあるとは知る由もなく、
おいしく棗を食べていたと思います。


ほんとに、自分も知恵のある人間になりたいな、
と切に思っている今日この頃です。


おいしそうな棗の写真、明日撮ってみます。