映画『80’后』 悲しい中国20年の現実

 春節前に買って置いた映画チケットが、後3日で期限切れとなります。
 「今日こそ」と思って、枚数分の人数に声をかけて、赤々と燃え続けているソーラーストーブの熱気を浴びながら、夕方、映画館になだれ込みました。

 最近、夏休み到来と共に、見たい映画が増えました。
 一番見たい作品はもちろん、贾樟柯監督のドキュメンタリー『海上伝奇』ですが、何故か一日一回しか放映されていません。それも午前中の早い時間帯だったりしています。
 「どうしてもっと回数を増やさないのですか」。
 思わずカウンターで聞いてしまいました。
 「見る人があまり多くないですし。それに、何回放映するかは、映画館で決めることではなく、配給元の意向なのですし…」という回答でした。
 まあ、それは次の楽しみにしまして、今日見たのはこれでした。
 『80’后』です!

 タイトルを見て、ぜひ見てみたいと思った作品でした。
 事前宣伝もまったく見ずに、先入観一切なく見させてもらいました。
 感想は、普通に製作した映画としては、丁寧に作った作品で、完成度が高かったです。
 シーンの切り替え、構成、そして、役者の演技など、総合的に見ても見ごたえのある作品でした。個人的には好きなほうですが、満足できないなと思ったところもあります。それは、この映画に込められていた「破壊性」でした。
 
 始まって3分もしないうちにアルゼンチンのゴールにボールを決めたドイツではないですが、映画が始まって3分もしないうちに、11歳だったヒロインを 一瞬にして、悲惨な運命に陥れてしまった設定でした。
 ヒロインが縄跳びをして遊んでいる時に、母親は愛人の車に乗って空港に行き外国へ渡り、野菜市場から帰ってきた父親はそれを目撃して追っかけようとし、道を横断する…その時、車に撥ねられて死んでしまう…

 そこからスタートしたどこまでも続く破壊力。
 夫婦の不仲、親子の疎遠、恋人同士の相手への不信、無心になって愛しようと思っていくら頑張っても、報われず、頼りあって生きていた姐弟なのに、弟を事故で死なせてしまう…

 そして、いったん落ちこぼれたら、とことん落ちこぼれて、二度と這い上がるチャンスもなく、気力もないまま潰されて壊滅してしまうサダメの数々。
 大金持ちの夫に捨てられ、愛する息子も奪われて離婚した中年女性は乳がんで寂しく死んでしまう。
 母親の愛を失ったヒロインの従弟は、再婚してすぐに娘を得た父親から忘れられ、大学入試に落ちた後、継母の生んだ妹との争いで、うっかり妹の手に取り返しもつかない大怪我をさせ、監獄に入れられる。そして、突然の事故で死んでしまう。
 夫婦で密輸して富を蓄積したが、妻思いの旦那はすべての罪名を一身に引き受け、20年の有期懲役が言い渡されてしまったが、逮捕されずに済んだ妻はまもなく資産家と再婚してしまう。面会に来た息子からそれを聞いた旦那は絶望の余りに監獄で自殺してしまう。

 映画が終わろうとする直前まで、幸せに、楽しく、普通に暮らしている登場人物は一人もいなく、どたばたしているうちに、あっという間に4人も死なせてしまいました。
 絶望的で、破滅的な映画なのかと、半ばで観客をあきらめさせましたが、一筋の希望は最後に残してありました。

 両親がいなくなり、恋人とも別れて、唯一心のよりどころにしていた弟もあっけなく事故死してしまった後、ヒロインは西湖のほとりで一晩悩み続けていました。
 しかし、彼女を夜の西湖のほとりまで送ったタクシーの運転手はその異常な様子に気づき、「お嬢さん、悲しまずに、お家までちゃんとお送りしますから。帰る時に声をかけてね。あなたが帰りたくなるまで、ここで待っているので」と声をかけました。
 その運転手とは、10数年前に、ヒロインの父親を撥ねて死なせたドライバーでした。彼もその事故で顔に大きな傷を負い、その後、立ち上がれない暗い人生をずっと送ってきましたが…

 「80’后」をタイトルにしていますが、「80’后」とは何ぞやを描いた映画ではなく、ここ20年、拝金主義に向かって成長し続けてきている中国社会を背景に描いた映画でした。エンディングはラブストーリーで終わってしまい、「最初から愛の傷を負って出合った」二人はこれでほんとに愛しえて、幸せを手にすることができるのかなという終わり方でした。

 ここ20年の中国社会、中国人の精神状況を背景にもしくは調味料にした「ラブーストーリー」という位置づけなのかしら。
 映画のつくりとしてはできは悪くはない、それどころか、作りすぎていたため映画の社会性(一般性)を失ってしまったように思います。
 しかし、李芳芳監督の処女作にしては、丁寧に作ってあり、配役もとても良かった見ごたえのある映画だったと思います。今後の成長が楽しみです。

◆この映画の関連記事:
  http://ent.sina.com.cn/f/m/80s/index.shtml
◆監督紹介
  http://ent.sina.com.cn/m/2010-05-05/20282948987.shtml

           ◆  ◆
 一言余談。
 『80'后』を見て思い出した映画は数年前に見た『胡同のひまわり』(《向日葵》)です。60年代生まれの監督が手がけた自伝でした。文革で重い傷を負った父親の威厳に気おされ、蒙った自分の心の傷をどのようにして癒してきたかを描いていました。熟成の年数に違いがあるからでしょうか。心をほのぼのさせるものが伝わり、それを感じた作品でした。とりわけ、最後のほうに父親との和解、そして、新しい命の誕生のシーンなど、ほのぼのさせるものがあり、とても良かったように思います。
 社会(外部環境)は常に人間の成長に傷(影響)を与えつづけているかもしれません。しかし、その傷をどのようにして受入れ、包容する形でひとり立ちできるかは、永遠のテーゼのように思います。
 そういう意味で、中国の「80'后」たちは、今まさに、もがいている最中かもしれません。

          ◆   ◆
 書いているうち、思い出した人がもう一人。つい、最近のニュース報道で知り、惜しいと思った人です。
 『胡同のひまわり』の監督さんと同年生まれ(1967年)の男優、父親と同居している自宅から飛び降り自殺した・贾宏声さんのことです↓
http://ent.ifeng.com/idolnews/special/jiahongshengzhuilou/xinwen/detail_2010_07/06/1726485_0.shtml

 私が中学の時、ファンがかなりいたいけめん男優で、ガールフレンドも当時売れっ子の俳優で、みなから羨ましがられていたコンビでした。
 その後、薬物中毒で施設に入ったこともありましたが、薬物で病んでいた自分の一部始終を大胆に自伝風の映画『Yesterday』にして、話題となりました。
 映画の中には彼、父親も父親役として出演していました。
 その映画を私がDVDで見たのは、もう10年ほど前のことになります。

 父親も役者で、若くして有名になった43歳。落ちこぼれていなければ、今は中国を代表する映画のキングになっていたでしょう。しかし、何かの拍子で落ちこぼれたら、這い上がろうと頑張っても、とうとう立ち上がることができなかった悲しい人生物語でした。