男児 志を立てて郷関を出づ

 同僚の紅さん(50歳)のお父様が入院しました。血圧が高く心臓病の持病で。
 お父様は80代で、中国の東北で生まれ育った朝鮮族です。現役の時は政府系外国研究所の研究者でしたが、定年後は、本音が言えなくて、ほとほと嫌になった学問の世界にさよならして、趣味に没頭する人生を送っています。
 その趣味というのは、河原から拾ってきた石に絵や詩文を入れて、さらに漆を塗って、色をつけて、コツコツと作品を仕上げることです。つい最近、私はお父様の作品をお土産にいただきました。その石には日本人の書いた詩として、文言が書かれていました。

 そのお父様が入院したのです。紅さんのショートメッセージを受けて、とりあえず電話をかけてみました。幸い、容態が安定しており、入院先も家のすぐ付近の介護専用病院のようです。
 耳がかなり遠くなったお父様ですが、石の御礼を言いますと、たいへん喜んでくださいました。そして、思いもよらなかったことに、電話の向こうでたいへん流暢な日本語で詩の朗読が聞こえてきました。
 
 「男児志を立てて郷関を出づ
  学もし成らずんばまた還らず
  骨を埋むるに何ぞ期せん墳墓の地
  人間(じんかん)到るところ青山(せいざん)あり」

 やれやれ。崔お父様!!!変身しました。
 「十代の時に覚えた詩だから、忘れられないんですよ。だけど、原文には墓場の文字が出てくるので、それを自分ふうに書き直しました」

 男児立志出郷関 
 学若無成死不還 
 埋骨何期桑梓地 
 人間到処有青山 

 ネットで調べてみましたら、「勤王の志士に愛唱され」た詩で、1843年に住職・月性(げっしょう)の書いたものでした。
 中国のどんなところで、日本が生きているのか、ほんとに分からないなと思いました。