「帰ってきたおばあちゃん」 涙のDVD鑑賞

 数日前に送られてきたDVD、女優・神田さち子さんによる1人芝居『帰ってきたおばあちゃん』を見ました。
 戦時中、満蒙開拓に駆り出された日本人女性が敗戦後、引揚の生き地獄に逃げ惑い、挙句に、自らの手で幼い子どもの首をしめ、匪賊の乱暴を受け、夫に見捨てられ、最後は心優しい中国人に救われ、助産婦として中国社会を生き抜くことになるが、今度は中国の政治運動に揉まれて再び家族が支離滅裂になり、自分も文革の嵐でつるし上げにされていました。が、こうした中、戦争とは何か、そして自らの加害と被害への認識がどんどん深まりました。
 文革末期になり、中日の国交正常化も実現すると、再び望郷の念に駆られるようになりますが、文革の迫害で病弱になった夫とその家族の世話や家計のやりくりで帰る目処が立ちませんでした。それがやっと80歳になって、家族の理解とサポートもあり、ボランティアの助けで故郷の鹿児島・桜島に60年ぶりに降り立つことができました。
 日本に向かって旅立つ前、文革で母親が日本人だからひどい目に遭わされていた娘から「お母さん、忘れないでね。中国こそあなたの国ですよ」と言われ、おばあちゃんは涙ぐみ、「すべての苦労は無駄でなかった、苦労は必ず報われる」と生きがいを改めて確認できました。
 桜島を離れる前に、滞在中とうとう会いに来てくれなかった元の夫から手紙が届きました。自分のことを見捨てた夫=祖国との和解でした。おばあちゃんは過去のことを心で許し、元夫とその家族が元気に暮らしていくようと願いを託し、「見捨てられた自分のことをダイヤモンドのように、大事にしてくれている子どもがいる中国」に帰り、「これからは中国人として誇りを持って生きていく」ことを改めて決意しました。

 ざっと紹介すると、以上のようなストーリーです。誰かを特定した残留婦人の一生ではないと思いますが、無数の残留婦人の実体験が融合されているリアリティの強い作品だったと思います。
 関連サイト↓
 http://www.tr3.net/sachiko/
 
 神田さんのすばらしい演技、そして、ステージ全体の完成度の高さ(照明、音楽、SE、セット、背景など)に圧倒されました。
 1時間半もあるステージ。それを1人で休まずに動き続け、叫び続けていました。大勢の人が同時に出演した新劇のようなインパクトがありました。1人芝居の可能性をどこまでも見せてくれた見事な舞台でした。
 体だけでなく、全身全霊を込めていたからこそ出来上がった舞台だったと思います。
 
 記憶や体験を避けずにそれを直視し、侵略戦争の愚かさを日本人の被害の視点でよく再現されていました。もちろん、歴史を直視する姿勢は、中国の歴史を振り返る時にも貫いていました。その一方、人間を暖かい視線で見て、生きることのすばらしさを暖かく描き、日本人のほこり、中国人のほこりも余すことなく良く表現していました。真の意味での日本をこよなく愛している作品だと思います。

 ビデオが撮影されたのは今から5年前の敗戦60年の年になっています。丁度、歴史問題をめぐって中日の国民感情が激しくぶつかり合っていた時期でした。歴史を語り継いでいくことの大切さをしみじみと感じさせられました。当時の私はこの芝居のことを知りませんでしたが、イデオロギーや政治的な立場を超えて、芸術作品としても完成度の高い、すばらしい芝居だったと改めて思いました。